エッセイ

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愛犬と旅

 私の家には当年とって11歳の雌犬がいる。名前は「ブロンディ」と言い、あの耳の垂下がっ た「コッカスパニエル」種と日本犬のハーフで毛は黒色であるが、腹、口元、指先の一部は白 く、性格はいたって陽気な中型犬である。

家の中ではベット以外は食卓もリビングも人間と一緒である。世の中には我が家のようにペッ トを家族同様にして暮らしている人も少なからずあるようである。私の家ではこの11年間、犬 だけを家において外泊することなど考えたこともなかった。

ペットを預かってくれる「ペットホテル」もあるが、長年家族の一員として暮らしていると、犬だけ を他人に預けて、自分たちだけが旅行や外泊することなどはとても忍びないものがある。とくに 我が家の妻はそうである。

ある日、近所の愛犬家から、そんな人のためにペットも一緒に泊まることのできるペンションな どがあり、同好誌にはリストが紹介されていると聞いた。

平成元年の夏、年に一度くらいは我が家にもささやかなレクリェーションを、と思い立ちマイカ ーで長野県の美ヶ原・八ヶ岳方面へ一泊二日で遠出したときのことである。

その日は朝早く家を出た、もちろん運転は私、ブロンディは助手席、妻は後ろの席といういつも のパターンである。助手席で狛犬のスタイルのブロンディは、流れる景色を嬉しそうに、得意満 面の顔でみている。そして疲れると後ろの席へ、そしてまた助手席へという自由行動であ。

ドラ イブが大好きなこの犬をみていると私も不思議に運転の疲れを感じない。お昼頃には予定どおり美ヶ原に到着した。 そこから霧が峰スカイラインへと車を進めると、ここは期待どおりの大自然である。

白い夏雲が浮かび、峰峰はニッコウキスゲの花盛り、その白い雲と白樺の林を湖水に映す白樺湖等、 悠久の大自然に遊んで、午後4時頃予定のペンションに着いた。我が家と同様にワン公の脚をふくための バケツと雑巾も用意されていた。脚を拭いてやるとブロンディは当然のような態度で玄関ホールへ。

すると、奥から犬を抱いた先着の客らしい熟年のご婦人が、同宿の客を迎える雰囲気で現れ た。お互いに会釈しながらその顔を見たのであるが、ややあって、相手が「アレッー!ブロンデ ィちゃんじゃない?!」私も、妻も、「あっ!」と思ったのである。それは何と名古屋の人で、犬を 介して偶然に知った人であった。

 我が家から2キロほど離れた平和公園という広大な墓地公園へ時々犬を連れて散歩に出かけるのだが、  1年ほど前2匹の犬を連れた熟年の姉妹に会い、少しの間犬談義をしたものであ る。長野県に旅して、いま目の前にいるご婦人はまさにその人達と、その犬達である。犬の名前は 「ベル」と「レタ」といった。年のいった両親と4人連れの旅であった。

 ここまだなら単なる偶然で終わるのであるが、それから第二幕が始まったのである。間もなく、別に  到着していた2番目の犬ずれの家族が食堂兼ホールへ入ってきた。妻が「アッ!」といった。見ると  見覚えのある犬である。何と言う種類だったか忘れたがダックスフンドによく似た短足(失礼)で、しかし  ダックスフンドより毛あしの長い可愛い中型犬であった(後にコーギー種と知ったのだが)。

「もしかして岐阜の方では?」と妻が声をかけると「アレッ、マァー!」と言った具合であった。 実はその年の春、以前岐阜県に勤務した時に一度行ったことのある美濃の山あいの峠道に地元だけの 小さな桜の名所があるのを思い出して、突然に名古屋から50〜60キロの彼の地 へ出掛けた時のことである。 もちろんブロンディも一緒であった。

そして、とある桜の木の下で 犬連れのご婦人と、ほんの数分間立ち話をしたのである。それは、 双方の犬が共に肥満体で、何となく声をかけたくなるような雰囲気であったためである。あの独特の 犬のスタイル、今ここで出会ったのはまさにその岐阜県の婦人と愛犬である。夫婦とその娘さんの3人旅であた。

その日はペンションの客は、我々3家族だけで、私も妻も相手の2家族共に知っている人とい う結果となった。200キロ近く離れた長野県まで来て、この人達と出会うなんて、この奇遇は何だ ろう。

夕食後オーナーのアフガンファウンド犬2匹と、皆が集まって遅くまで語り合ったのである。驚 いたことに岐阜の犬も名前を「ベル」といって、クリスマスの日に家に来たのでそう名付けたと 由来を話してくれた、これには名古屋のベル君と共にびっくりであった。どこまで偶然が続くのだろうと思った。

ペットも一緒に泊まることのできるホテル、ペンション等は数少ないとはいえ資料等から推察す ると関東・信越・中部だけでも20〜30箇所はあると考えられる。約束したわけでもない同じ日 に、かって偶然知り合った3組がここで一堂に巡り会うなんて。更に2匹の犬の名前が同じ「ベル」、 私は不思議でならなかったのである。

 かってNHKで、”事実は小説よりも奇なりと申しまして・・・”という出だしのクイズ番組があったが、まさに  そのとおりであると思った。次の年に保通協でパチンコ遊技機の確率を検証する仕事に携わるようになって、  このときの偶然の出会いを確率で求めたらどんな数値になるのだろうか、と思ったりしたものである。

 さて、翌朝3家族の犬ともども記念写真を撮り、お互いの帰途の安全を願いながら宿を後にしたのである。 思いもかけないこの旅の偶然に、私の体の中に普段とは違う何か熱いものを感じていた。気を落ち着けて、現実 を見つめて、間違っても交通事故を起こさないように、またもらい事故もないようにと運転に神経を集中しながら、 眼下に諏訪湖を望む中央高速道路を時

速100キロ位で走っていた。そんなとき、ラジオから、たまたま福井県の越前海岸を通行中の慰安旅行の マイクロバスが、運悪く大量の落石でバスもろとも埋まり、20数人全員が亡くなったというニュースが流れてきた。 私は、全身が緊張し、体の中の血液の流れが一時停止したような気がした。 昨日からの自分もめったにない偶然に遭遇 していたからだ。

人は”そんなこともあるさ”と言うかもしれないが、私にとって、この旅の偶然は今も忘れることのできない 思い出の一つであり、これからも大事にしまっておきたいような気がしてならないのである。そして以後ペンション で合う人や、犬達にも以前にもまして親近感を覚えるようになったのである。

 私は、雄大な山裾に広がる夏の高原が大好きである。次の年の夏も同じペンションへ、また その次の年は菅平高原へ、そして今年は新潟県に近い黒姫高原へ旅をした。もちろんブロン ディも一緒であるが、あのような偶然はない。

 昨年、名古屋のベル君は高齢のため亡くなったことを年賀の便りで知った。岐阜のベルちゃ んは元気でいるらしい。我が家のブロンディは11歳の老体(人間で言うと70歳位)である。今 でも買い物や、ドライブ等には喜んでついてくる(連れていく)のであるが、車のドアーを開けて も飛び乗ることもできなくなり、立ち上がって前脚を座席に掛けた姿勢で、後ろの人を見て”お 尻を上げてよー!”といった今日この頃である。

ブロンディがいる限り旅先のレストラン等で食事もできず、弁当は携行のパンやおむすびで我慢し、泊まるのも 普通の旅館やホテルとはいかないが、”これもまた楽し”であり、私はいつまでも健康でいてくれるのを願う ばかりである。 写真は、平成4年夏・長野県黒姫高原へ旅したときのブロンディ。 平成4年9月記


あとがき
 ブロンディは、それから4年後の平成8年5月に腎臓の悪性腫瘍と老齢のため、妻の懸命な看病の甲斐もなく  この世を去った。その後2代目としてパピヨン犬の「まゆ」と暮らしていたが、その「まゆ」も平成25年4月  に17年間の天寿を全うした。

また、後に名古屋のベル、ベタ君を連れた4人家族の長老はD公社の理事を務めた大変地位のあるお方とその 娘さん達である事が分った。この時既にご高齢とお見受けしましたが、その数年後にお亡くなりになられたと聞 いた。ご冥福を祈る次第です。

平成18年正月記、同27年6月補稿。